学習者の不十分な日本語をどう聞くかを考えるシリーズの第3回。今回、取り上げる聞き手の判断留保は、聞く協力の中核です。アルクの『日本語ジャーナル』では、次に掲載されています。

「外国人が日本語でもっと話したくなる、『判断留保』という態度とは」
(アルク『日本語ジャーナル』)

教師が教室活動で行うことの一つに誤用訂正があります。誤用訂正の誤用とは、日本語の規則からずれていることです。ただ、学習者の不十分な日本語をよく観察したとき、その不十分さは、日本語の規則からずれていることだけではないことが分かります。次は、ある学習者が教師から「休みの日に何をしましたか?」と尋ねられ、答えたことです。

学習者:シャワーをしました。おにいさんのネパールの料理をつくりました。

「シャワーをしました」は、「シャワーをあびました」と表現すべきところを間違えた誤用ですね。では、「おにいさんのネパールの料理をつくりました」はどうでしょうか。この文は、「おにいさんがネパールの料理をつくりました」「おにいさんとネパールの料理をつくりました」「おにいさんが好きなネパールの料理をつくりました」など、いろいろな可能性があります。つまり、「おにいさんのネパールの料理をつくりました」は、日本語の規則からずれているのではなく、学習者の本当に言いたいことからずれている点で、不十分な日本語となっています。そしてこの場合、聞き手に求められるのは、その人が言おうとすることを一方的に決めつけるのではなく、いったん聞き手の判断を留保し、その人が言おうとすることをたどることです。詳しくは、上のコラムをご覧ください。